国際金融の市場とメカニズム

杉本昭七ほか編『現代世界経済をとらえる Ver.3』

東洋経済新報社,1996,pp.93-109.

6 国際金融の市場とメカニズム――デリバティブ肥大化を解く

                              (日本福祉大学) 毛 利 良 一

 

 

目次

6 国際金融の市場とメカニズムーーデリバティブ肥大化を解く

1)国際決済と外国為替市場

 a.国際決済

 b.外国為替市場

 c.東京外国為替市場

2)国際金融資本市場

 a.古典的国際金融資本市場

 b.ユーロ市場

 c.ジャパン・マネーの盛衰

3)国際金融資本市場の新動態

 a.デリバティブ

 b.エマージング・マーケット

 c.東京市場の「空洞化」

 

 モノ,カネ,ヒト,情報が2つの国の境を超えて行き交い,経済取引の対価の支払いが発生するとき,少なくともどちらか1国にとっては外貨取引をともなう.また資金余剰のある経済主体と資金不足の経済主体のあいだで,国境を超えてマネーの貸借が行われ地球を駆けめぐっている.外貨取引と国境を超える金融取引,この2つが国際金融の主要カバー範囲である.

 今日の世界経済を特徴づける現象として,金融のグローバル化の進行をあげることができる.これは自国金融市場の開放や金融制度の国際標準化などの国際化のレベルを通り越して,自国を地球上の1点としてとらえ,自国と他地域の市場を同質的に選択しうるようになる段階まで来たことを意味する.あわせて世界規模で,銀行融資にたいする証券発行の優位化がすすみ,為替・債券・株式の価格変動と金利の変動を狙った投機取引が為替レートの乱高下をひきおこしている.旧社会主義国の世界市場への統合を含め,メガコンペティション(大競争)時代が始まったが,国際金融資本市場も例外ではなく,市場間競争の激化がみられる.そうしたなかで,日本の金融機関は80年代後半バブル期の不良債権の処理が進まず,国際競争力が低下し,あり方が問われている.

 金融のグローバル化,証券化,投機化,そして東京市場の「空洞化」が本章のキーワードである.

 

1)国際決済と外国為替市場

 a.国際決済としての外国為替

 国境を超える経済取引の対価の支払いや受取りには,現金(金)ではなく外国為替が用いられる.為替とは,隔地者間の金銭債権・債務を現金(金)を輸送せず決済する方法・仕組みであり,債権者・債務者がともに国内にあるばあいは内国為替といい,一方が外国にあるときは外国為替という.現金(金)輸送にともなう費用とリスクは利潤の一部分を食いつぶす空費であり,証券の受渡しによって遠隔地間の債権・債務をそれぞれの地域内の債権・債務に振り替え,相殺をはかることにより空費の節約を目的としている.外国為替は,銀行の預金・貸出業務とも密接な関連をもつことから,広義にはそれらを包含したすべての外貨建て取引および国際間の資金移動取引と定義される.

 外国為替の仕組みはどうなっているか,考えてみよう.甲国のA社が乙国のB社にたいして100万ドルの商品を売った場合,B社は代金の支払いを現金(金)で決済すると輸送費用とリスクをともなう.いま乙国のD社が甲国のC社に対して同額の100万ドルの商品を販売しており,C社がD社に現金で支払えば,輸送費用がかかる.そこで,もしC社がB社に代わってA社に支払い,それと引き換えにB社がC社に代わってD社に支払えば,両国間でちょうど反対方向に100万ドルずつの現金を送金しなくても,2つの取引の代金を決済できる.ここで為替による決済が可能となるのは,2国間で支払期限および金額が同一で,相互に反対向きの2組の債権・債務関係が存在しているからである.このケースは偶然的であり,多くの個別的取引においては,振替・相殺されない差額が発生し,ふつう現金での決済が必要となる.この制約は外国為替銀行の登場によって打破される.外国為替銀行は,個々の国際取引から生まれた2国間の債権と債務を集中して相殺する役割を担う.

  外国為替取引には,送金為替=並為替と取立為替=逆為替の2形式がある.図1aは前者のメカニズムの例示である.甲国の輸入業者(=債務者)C社は乙国の輸出業者(=債権者)D社にたいする代金を決済するために,乙国のB銀行に対して債権をもっている甲国のA銀行に依頼して,B銀行宛の債務金額相当の送金為替手形(支払指図書)を発行してもらう.このときC社はA銀行に額面金額と手数料を支払う.D社はC社から送られた手形をB銀行に持込み,B銀行はA銀行の依頼を受けてD社に額面金額の支払を行う.これによりAB間の債権・債務とCD間の債権・債務は同額だけ相殺され,2つの取引の決済は終了する.つぎに図1bは取立為替=逆為替を示す.甲国の輸出業者C社は貨物の船積みの完了とともに船会社から船積書類(船荷証券,保険証書,商業送り状など)を受け取る.C社は船積書類とともに輸入業者D社を名宛人とする為替手形をA銀行に持ち込む.A銀行は手形を割引き額面金額をわたすと同時に,取引銀行B銀行に書類を送り輸入業者D社から代金の取立を依頼する.D社は船積書類を受取り,これと交換に輸入貨物を受取る.並為替にくらべ逆為替が貿易決済において有力な手段となったのは,A銀行からC社へ,およびB銀行からD社への貿易金融と結びついていたためである.

  ここで外国為替銀行の業務を整理すると,つぎのようになる.@外国為替銀行は両国内に散在している国際的債権・債務を銀行に集中するために対顧客取引を行う.これにより,一組の(貿易)当事者間の国際的債権・債務関係を他の(為替銀行)当事者間の国際的債権・債務関係に移し替え,貿易金融を提供する.Aコルレス(業務肩代り契約)関係にある外国為替銀行の相互間の勘定操作と外国為替市場での取引を行う.こうして2国間の債権・債務を相殺する.

 

b.外国為替市場

 外国為替市場は,主要には,外国為替銀行のあいだで外国為替を売買する市場である.ある銀行は輸出業者から持ち込まれた外貨債権を持ち,別の銀行が輸入業者から持ち込まれた外貨債務を持つとき,両者は交換され相殺される.

 外貨建ての為替取引においては,取引と決済が場所的にも時間的にも分離している.例えば,東京市場でのドル/円の取引では,円の受渡しは東京で,ドルの決済はアメリカ所在銀行において行われ,しかも決済国の銀行の営業日に行われる.時間要素については,送金為替ではゼロに近いが,取立為替では,為替銀行は外貨建て債権保有者から買い取った(割り引いた)手形が満期になり,外国の債務者から外貨の取立が終了するまで,未決済のままでこの手形を保有することになる.ここから為替リスク,決済リスクの可能性が生じる.

 また時間要素の加わる外国為替取引は.為替銀行にとって,いずれかの通貨建て資金の貸借関係と不可分に結びついているため,資産の運用と資金調達コストの管理(ALM)が問題になる.ALMと為替差損の回避を目的として,為替銀行は持高調整をおこなう.スクエア(それぞれの通貨毎に債権・債務を同額にする),カバー(対顧客為替売買残高を買い埋め,または売り埋める),ヘッジ(一方の損失を他方の利得で相殺させる)などの手法を利用し,また積極的に投機的ポジションをとって為替変動差益を狙う.為替相場が形成されるのは,こうした銀行間取引市場における外国為替の売買を通じてである.

 外国為替市場は,銀行間市場と顧客市場に分けられるが,前者を構成するのは外国為替銀行,為替ブローカーであり,通貨当局による介入はここに対して行われる.顧客市場には個人,輸出入業者,多国籍企業,機関投資家のほか,投資銀行,ファンド・マネジャーなどが参加する(図2).今日の外国為替市場の支配的形態は,魚市場,青果物市場のように市場参加者が1カ所に集まって為替相場の値決めを行う取引所ではなく,相互に電話や通信で取り引きするオープン・マーケット方式である.外国為替市場で主役を演じるのは,マーケット・メーカーと呼ばれる一群の為替銀行,ファンド・マネジャーとブローカーである.為替銀行は,今日では対顧客取引の範囲を超えて,自らの判断で為替受給の動向を予測し積極的に外貨の売買を行っている.ブローカーは銀行間取引を媒介する.また通貨当局は,投機的な為替売買を抑制したり,為替相場変動の方向,幅,速度に影響を与える目的で,口先または為替の売買を通じて市場に介入する.だが投機が激しさを増したときの売買額は,当局の介入額よりもはるかに大きいため,必ずしも介入効果が得られるとは限らない.日銀が円高の高進・ドル下落を抑制するためドル買い介入を行うと,外貨準備が増え,売り介入で減少する.日本の外貨準備は世界トップだが,94年末の1200億ドル台から95年9月には1800億ドルへ急増した.

 

c.東京外国為替市場

 いま,世界の外国為替市場は金融の自由化,グローバル化のなかで統合化が進み,24時間いつでもどこかの市場で外国為替の取引が可能となった.東京市場でも94年末以来24時間取引となった.全体として,貿易関連取引に比べ,資本取引関連の為替取引が急増し,実需関連取引の比重はきわめて小さくなった,またドル,マルク,円など,特定通貨への取引の集中傾向がみられる,世界の3大外国為替市場は,ロンドン,ニューヨーク,東京である.ロンドン市場は,自国通貨ポンドを含まないドル/マルクやドル/円の取引が多い.ニューヨークではドルを含まないのは例外的であり,新興市場通貨の取引が増大した.東京市場では,ドル/円取引が圧倒的で,対顧客取引が例外的に多い点に特徴がある.シンガポール,香港,バーレーン市場はこれらを補完的する位置にある.なお貿易取引,金融取引を自国通貨で行う基軸通貨国アメリカでは外貨の売買は重要な意味を持たないはずであるが,ニューヨーク外国為替市場の発展は,固定相場制の崩壊以降のドルの動揺につれて,アメリカ多国籍企業の為替リスク管理が重要性を増したことが大きく影響している.

 3年毎の調査による3大市場の最近の変化を見ると,@3大市場合計で1日平均取扱高が86年3月に1965億ドルだったのが,89年4月に4100億ドル,92年4月に5776億ドル,95年4月には8702億ドルへと異常ともいえる拡大をみた,世界全体では1兆5000億ドルを超えた. Aこのうち東京外国為替市場は,それぞれ480億ドル,1108億ドル,1202億ドル,1613億ドルで,80年代後半のバブル期に伸びが著しかったのに比べ,90年代に鈍化している.B東京市場では出来高の減少に加えて,日中の為替相場変動幅の縮小が顕著になっており,東京の値幅はロンドンの半分,ニューヨークの3分の1程度である.欧米市場がドル/円相場形成の主要な舞台となり,東京市場では微調整が行われるだけという傾向が強まっている.94年6月の100円割れがニューヨーク市場で起こったのはその象徴であり,東京市場の価格形成能力の喪失が懸念されている.通貨別では,依然としてドルのシェアが大きく,ついでドイツマルク,日本円,英ポンドの順となっている.

 

2)国際金融資本市場

a.古典的国際金融市場

 国際金融資本市場とは国境を超えて金融取引が行われる市場である.国際金融資本市場が備えるべき性質として,@金融商品の種類が豊富で,それぞれについて厚みのある市場が存在し,価格形成が効率的に行われていること.A発行市場,流通市場,内外資金移動に関する規制が少なく,非居住者も居住者と同等の条件で市場に参加できること.B取引に必要な情報・通信ネットワークや資金・証券決済システムなどにかかわる各種インフラストラクチャが整備されていること,などがあげられる.ロンドン,ニューヨークなどの金融センターは,自然発生的成長と市場育成策によって上の条件を備えてきた.

 今日の国際金融市場の性格を明確にするために,古典的金本位制時代のロンドン市場の特徴をあげてみよう.@イギリスと他の諸国との取引だけでなく,第3国間における取引の決済が,大部分ロンドンに集中された外国居住者のポンド建て預金勘定(ロンドン・バランス)の振替を通じておこなわれた,A国際決済が為替銀行相互間に集中して来るのに対応して,その決済資金がロンドン金融市場における短期信用によって供給された,B長期資本輸出については,外国政府や植民地政府などが発行する公債や証券をマーチャント・バンカーが引き受けて公衆に分売した.国際収支面ではイギリスの貿易収支はすでに赤字基調にあったが,新規の長期資本輸出フローは還流して来る投資収益によって賄われた.Cそして中央銀行であるイングランド銀行が,金本位制下のゲームのルールに従い,国内と国際にまたがって金融政策の舵とりを円滑に行った.

 両大戦間期に台頭し,第2次大戦後に飛躍的拡大を遂げたニューヨーク国際金融市場のばあいも,アメリカ財務省と連邦準備制度の規制のもとに,やはりドル建てニューヨーク・バランスの振替,そしてドル建ての長期および短期資金の供給という機能が効率的におこなわれた.

 

b.ユーロ市場

 1960年代にはドル防衛が焦眉の課題となった.ニューヨーク・バランスによる決済機能は維持されたが,アメリカからの資本輸出が金利平衡税や銀行の対外融資規制によって抑制されると,新しい国際金融市場が急成長を遂げることとなる.ユーロ市場である.ユーロ市場は,アメリカに置かれていたドル建て預金がロンドン所在の銀行に移しかえられ,長期にわたって蓄積されたロンドンの金融ノウハウと結びついて誕生した.アメリカ以外の国にあるドル建ての定期性預金をユーロ・ダラーと呼ぶ.市場としての成立要件は,外貨預金の発生にあるのではなく,ヨーロッパや外国の銀行がこのドル預金をアメリカの金融市場以外の場所で,主として銀行に,貸し付けるようになったことである.

 急成長したのは,他の金融市場とは違って金利および準備率について金融当局による規制がない(したがってまた最後の貸手機能もない)ため,ユーロ銀行は他市場より高金利で預金を預かり,低金利で融資を行うことができたためである.この自由なインターバンク市場は,過剰貸付資本の国際的プールないし国際資本移動の中継地の役割を演じるとともに,通信情報革命にも支えられて,次つぎと新しい金融革新を打ち出し新商品を開発した.それでさまざまな規制を残した各国市場との競争に打ち勝ち,各国内市場の規制を骨抜きにし,金融市場の同質化と統合化を促進した.昨今の金融革新のグローバルな展開の基盤はここにある.さらに80年代半ばには,ニューヨークと東京にも,国内金融市場とは分離して「外−外」取引だけを行うオフショア市場が誕生した.

 また70年代における2度の石油価格の大幅引き上げは,産油国に莫大なオイルマネーをもたらし,経常収支赤字国とりわけ発展途上国への円滑な還流が大きな課題となった.このときユーロ市場の多国籍銀行は,シンジケート・ローン方式によって巨額の,そしてロール・オーバー(借替え)によって長期の貸付を行った.大銀行は主幹事手数料,比較的高い金利によって国際収益を稼ぐとともに,変動金利制の採用によって金利変動リスクを借り手に転嫁した.

 金融革新ではユーロ市場は実にめざましいが,宿命的な潜在的リスクをもっている.@資金の出し手は超大口であり,資金引き出しに備えて流動性確保が重要な課題となる,A資金調達は超大口の短期預金で,運用は中長期で行われており,預貸における期間構造がミスマッチとなっている,B取引の過半はドル建てであるが,ドルに直接アクセスする能力のない多数の銀行や最終的借り手が参加しており,カレンシー・ミスマッチ発生の可能性がある,C主要には銀行間市場であり,ひとつでも重要問題が生じるとそれが玉突的に次々に他の問題に波及するシステミック・リスクの可能性がある.D規制や監督当局が存在せず,したがって問題が生じた場合に最後の貸し手がいないことである.

 途上国向け銀行融資が,80年代初頭に,ラテンアメリカとアフリカのほとんどの諸国,アジアやソ連・東欧でも少なくない国をまきこむ債務危機となって現れると,対策として採られたのは,民間銀行によるリスケジュール(債務返済繰り延べ),BISによるつなぎ融資,そして極めつけはIMFによる経済安定化政策を義務づけたコンディショナリティつき融資であった.なすすべのなかったユーロの国際金融の世界では,資金調達および運用において,銀行融資から債券・株式など証券投資へ形態が変化し,また資金の流れは対途上国から対先進工業国,とくに双子の赤字を抱えたアメリカへとシフトした.また国際銀行融資の健全性確保と各国金融機関の競争条件の平準化をうたって,BIS(国際決済銀行)は1988年のバーゼル合意により,銀行の自己資本比率の国際標準化政策をとりまとめ,各国に1992年度末までの実施を促した.90年代初頭には,@BIS規制の導入,Aアメリカでのクレジット・クランチ,B東西ドイツの統合,Cバブル崩壊にともなう邦銀のインターバンク取引の縮小,などの影響でユーロ市場は初めて収縮を見た.

 

c.ジャパン・マネーの盛衰

 アメリカが「双子の赤字」をかかえ85年に純債務国に転落したのにたいし,日本は最大の純債権国にのしあがり,80年代後半にはジャパン・マネーが世界を席巻したかのようであった.日本の「金融大国化」は,1980年代後半に急進展し,新しい国際金融資本市場として東京が浮上したが,それは「短期借り・長期貸し」,「還流型」,「ドル依存型」として特徴づけられる.

 経常収支の黒字拡大,国内投資を上回る貯蓄の増大は,非銀行部門の「円投型」対外投資を賄ったが,その一方で経常収支の黒字を超える長期資本輸出が行われた.とくに銀行部門は海外インターバンク市場でドル建て短期資金を借り入れ,それを米国の財務省証券や不動産,M&A(企業の合併・買収),アジア新興工業経済群向け銀行融資など,外国での長期運用に回した.日本のこの「短期借り・長期貸し」は,金融仲介能力の向上を示す側面と,ドルに依存した「又貸し大国」の脆弱性をあわせ持つものであった.

 またプラザ合意,ルーブル合意の要請により,日本では他国に比べ際だった低金利が長期に維持され,株価と地価が急騰し持続する中でエクイティ・ファイナンス(株式発行をともなう資金調達)が隆盛をきわめた.日本企業は,発行条件が弾力的なユーロ市場で,為替先物予約やスワップにより円調達金利が限りなくゼロに近い低金利で株式への転換が可能な債券を発行したが,その資金調達に応じたのは日本の投資家であった.こうしたクロス・ボーダー取引の増大のため,ユーロ市場における日本のシェアは急拡大した.日本の資金が国内の規制を避けるため海外に移動しまた戻ってくる,いわゆる「還流型」の国際資本移動は,銀行部門においても,86年の東京オフショア市場の開設にともなう本支店勘定の拡大,89年の中長期インパクト・ローンの自由化などを通じて行われた.本来的には国内取引であるのに,国際取引に水膨れしてカウントされる現象が生じるのは,自由市場と規制市場が存在し,後者の規制緩和が進行する「ボーダレス化」時代には避けることができない.

 国際金融仲介機能において日本の地位は上昇したが,ロンドンやニューヨーク金融市場の形成のように,円建て東京バランスの形成によって国際決済機構が整備されたわけでは全然なかった.アメリカ向け投資が圧倒的で,しかも自国通貨でなく,ドル建て融資,ドル建て証券投資,というのが80年代後半の日本の金融大国化の実相であり,90年代にはそのメッキがはげることになる.

 

3)国際金融資本市場の新動態

 a.デリバティブ

 東西冷戦の終結にともなって,旧社会主義圏の市場経済化,さらには先進国や新興工業国の市場開放・規制緩和の進展によって,いっそう世界のマネーが国境を超えてめまぐるしく駆けめぐるようになった.これにより金利や為替,株価,商品などの相場変動が激しさを増してくると,不確実性やリスクから資産や収入を守り,リスクを回避するニーズが高まり,また逆にリスクを利用して儲けようとする投機の思惑も膨らんでくる.こうした中で開発され急成長をとげてきたのがデリバティブ(金融派生商品)であり,世界的に過剰流動性が増大するなかでの市場間競争の激化を示すのが,エマージング・マーケット(新興市場)の隆盛と東京市場の「空洞化」である.

 デリバティブとは,一つ以上の原資産の価格に依存して理論価格が決まる商品で,売り方と買い方の取引を相殺したネット供給はゼロになる.これまでの金融は,銀行の融資による信用供与などの機能が中心だったが,デリバティブは既存の融資の形をどう変形するかに力点が置かれ,取引にどんな付加価値をつけるかの競争になってきた.コンピュータが産業界を一変させたように,デリバティブは金融の姿を確実に変えるだろうと言われる.代表的なデリバティブにはつぎのものがある(図3参照).@先物:将来の価格を予測したうえで前もって価格を決めて行う取引で,原油,穀物などの商品価格から始まったが,今では金利,通貨,株式,債券に広がっている.不特定多数の参加者が取引所を通じて行うフューチャーと,売り手と買い手の相対取引によるフォワードの2種類ある.Aオプション:通貨や債券などを一定の価格で売ったり買ったりする権利である.期日が決まっているものといつでも使えるもの,取引所を経由するものも店頭取引もある.Bスワップ取引:円と外貨,あるいは外貨同士など,異なる通貨の債権と債務を交換するのが通貨スワップ,固定金利の借入と変動金利と交換するなどの取引は金利スワップである.

 デリバティブはここ数年の間にアメリカ主導で急拡大した.米通貨監督庁によれば,米マネーセンター・バンク7行の94年3月末の残高は12兆ドル,米国の名目GNPの1.8倍に達した.先物やオプションは,5%程度の手数料で貸し債権,貸し為替など証券のカラ売りが可能であり,20倍程度のレバレッジ効果が働く.日銀資料によると,名目上の取引高を表す想定元本ベースでは,世界全体で1990年末の5兆7400億ドルから92年末の10兆ドル,94年末の20兆ドル,95年3月末には41兆ドルへと増大した.取引高の国・地域別シェアではアメリカが優位に立ってきたが,95年4月の調査では英国がトップ,アメリカ,日本がそれに続く,日本は外国為替関連の付加価値が低くリスクの高い取引の割合が大きい.

 デリバティブ急増の背景として,@アメリカの家計部門のマネーが,90年代の低金利のもとで銀行から元本保証のないミューチャルファンド,生保,ペンションファンドへシフトし,銀行は預貸利鞘ではなく,株式,債権,為替相場の変動から収益をあげる構造に変化したこと,Aコンピュータを駆使した金融ハイテク化が進み,新しい商品が開発されたこと,Bデリバティブはすべてオフバランス取引であり,BIS(国際決済銀行)の自己資本比率規制の対象外であること,などがあげられる.

 いまや米銀ではオフバランス取引がオンバランスを凌駕し,また為替投機の仕掛人として名を馳せているヘッジファンドは,銀行と2人3脚でデリバティブで稼ぎ,米銀大手も今やデリバティブが主要な収益源になっている.大蔵省主導の護送船団方式に保護され,右肩上がりの経済拡大の中で不動産担保融資の量の競争に明け暮れ,新商品開発や質の競争を怠ってきた邦銀は,この分野で決定的に立ち遅れている.

 しかしデリバティブはまたリスクの増大と表裏一体をなしている.実際に,少なくない企業,金融機関,はたまた自治体までもがデリバティブ取引において巨額の損失を被っている.デリバティブのリスクとして次のものが知られている.@市場リスク:取扱商品の相場変動によるリスク.A流動性リスク:適正な手元流動性が不足し,高コストの調達や不利な価格での資産処分を強いられたり,資金繰りに破綻を来すリスク.B信用リスク:取引の相手方の債務履行能力にかんするリスク.C決済リスク:不適切な資金決済により損失が生じるリスク.D法務リスク:契約や法律制度の不備から生じるリスク.E会計税務リスク:会計税務基準の変更や適用の誤りにより生じるリスク.Fシステミック・リスク:ひとつの重要問題が連鎖的に金融市場全体に問題を波及させるリスク.これらは市場取引に共通するリスクであるが,デリバティブのばあい,わずかな証拠金でリスクテイクが可能なため暴走するおそれがあり,リスク管理をめぐって国際的論議が高まっている.BISでは,金融機関のリスク管理の指針と取引の情報開示にかんする一連の報告を発表している.米銀大手ではバリュー・アット・リスク(内包するリスクを数値化した指標)の測定方法を開発し,それを世界標準化することによって,デリバティブにおける優位を保持しようとしている.デリバティブの拡大は,銀行行動およびリスク管理の両面において,「金融の米国化」の側面を合わせ持つ.

 

 b.エマージング・マーケット

 80年代後半以降,香港,シンガポール,韓国,台湾のアジアNIES以外にも,マレーシア,インドネシア,タイ,フィリピンなどの東南アジア諸国において,そして90年代になるとメキシコ,チリ,アルゼンチン,コロンビアなどラテンアメリカ諸国において,証券市場の時価総額,取引高が著しい伸びを示した.外国からの資金流入が契機となって活性化を見せたこれら途上国証券市場は,エマージング・マーケット(新興市場)と称される.

 こうした展開は,IMFコンディショナリティにもとづく経済安定化政策のもとで「失われた10年」を経験した途上国が,世界銀行の構造調整にそって市場メカニズムの活用と市場開放,とりわけ資本取引規制の撤廃と金融証券市場における諸規制の緩和を押し進めたこと,そして先進国の年金基金,生保・損保,ミューチャルファンドなどの機関投資家が国際分散投資をおしすすめたことが背景にある.なかでも,アメリカが「双子の赤字」にもかかわらず,低金利の下で対外証券投資を拡大したことが大きい.

 世界銀行はエマージング・マーケットについて,先進国市場との景気連動性が低く,投資主体が多様化しており,新興市場の規模の割には外国人投資の比率がまだ低く,インフレの収束から今後数年間は実質金利の引き上げの可能性が低いなどの理由から,資金流入が短期に変動することはあっても大規模な逆流は生じない,と予測していた.しかしその見方があまりに楽観的すぎたことは,94年末以降のメキシコ通貨危機によって示された.NAFTA結成の中で拡大してきた貿易赤字をアメリカからの資金流入で埋めることで,メキシコ・ペソの過大評価が続けられていたが,切下げを余儀なくされると巨額の資金が一挙に流出した.金融引き締めは金利負担による企業業績を悪化させて銀行危機を導き,為替切り下げは外貨建て借入の返済負担を増大させたので,メキシコの経済危機は深まった.このことはアメリカの輸出を減らし,アメリカの証券会社や投資家に損害を与え,また国際金融上のアメリカの危機管理能力に疑いを生じさせ,1995年初頭のメキシコ発ドル危機の引き金となったのである.

 メキシコ通貨危機は他のいくつかの新興市場に波及し,株式や債券価格の下落を引き起こした.しかし東南アジアのばあいには,外資流入に占める直接投資の比率が高く,またアジア経済圏の成長ともあいまって域内輸出も好調で,影響は軽微に留まった.問題は,金融大国アメリカの金融緩和のもとで,アルゼンチン,ブラジルなどラテンアメリカの新興金融市場で,外資とりわけ証券投資の流入とその逆流が及ぼす影響をどう遮断するかである.対策として,外資規制では資本輸入への課税,中銀による市場介入,準備率の引き上げや株式・土地への投資制限など銀行への規制強化などが論議されている.これは世界銀行の構造調整路線に抵触し,国際的なあつれきが生じることになる.

 

 c.東京市場の「空洞化」

 90年代に進行した円高ドル安は,日本の産業空洞化の懸念を増大させたが,あわせて東京金融資本市場の空洞化についても同様の問題を提起した.80年代前半のドル高で進行したアメリカ製造業の空洞化は,リストラと金融などのサービス産業へのシフトによって緩和された.しかし日本の場合は,製造業と金融の2重の空洞化の懸念が生じている.

 金融の空洞化のひとつの現れは,日本経済内部の金融サービス業の衰退,それに替わる外国の金融サービス業への依存の増大である.具体的には,シンガポールSIMEXでの日経225の先物取引の急拡大,日本企業のユーロ円市場での高水準の債券発行,東京外国為替市場のシェア低下などが進んでいる.2つめに金融国際化の後退現象が顕著になっている.外国の銀行や証券会社の日本からの撤退,日本における外国人の金融取引の減少,東京市場で発行される国際債券のジャンク・ボンド化などの傾向が指摘されている.

 こうした傾向の背景にあるのは,日本が国際的な市場間競争において,米,英はもとより,香港,シンガポールなどにたいしても劣勢にあるということである.人件費,地価・オフィス料が高いこと,有価証券取引税,印紙税,取引所税などがかさみ,また緩和されたとはいえ規制が多いことなどが,しばしば指摘される.したがって対策として,国際金融資本市場としての条件整備とそのための規制緩和が主張される.たしかに長短円建て政府証券の種類が豊富になり,それぞれが厚みを持って円の運用市場が広がらないことには,円建て東京バランスは形成されないだろうし,国内よりもユーロ市場での債券発行が迅速かつ有利である状況のもとでは,東京市場の活性化は望むべくもない.円建て投資が可能になる条件を作らなければ,ドル依存体質も改まることはない.だが規制緩和によってこれら課題がすべて解決するわけでもなく,また国際的な投機の波におそわれる可能性が高まることで新たな問題を抱えることになろう.

 しかも90年代半ばにおける東京市場の「空洞化」現象の根底には,日本の金融機関の体力,信頼性と競争力の問題がある.バブル期の不良債権問題の解決のめどをまったく提示できずに数年が経過し,大和銀行ニューヨーク支店に象徴される損失隠しや責任のがれなど不祥事が続発するようでは,海外格付け機関による格付けの低下も当然である.国際信用の落ちた邦銀の資金調達には「ジャパン・プレミアム」と呼ばれる上乗せ金利を適用される事態が進行した.

 日本の金融機関のあり方が根底的に問われている.情報開示を徹底させ,経営責任と投資家の自己責任原則にたって不良債権を処理すること,大蔵省の分権化による開放的で公正な市場形成も課題となろう.人びとの生活を豊かにし,経済の活力をもたらす分野に資金を供給するという地道な努力の積み重ねなしには,金融機関の信頼性と国際的な競争力の回復はありえないだろう.

 

●争点  金融の自由化と規制政策の転換 450字メド

 世界的に金融自由化が進展し,規制政策も転換中だ.預金者保護と金融秩序維持を唱った市場への政府介入にかえて,市場メカニズムを重視し,市場を機能させる制度・ルールづくりに向かっている.

 80年代後半にアメリカでは3つのL(途上国,不動産,企業合併)に関連する不良債権があった.対策のひとつはリスクを勘案した自己資本比率基準づくりであったが,それを国内基準に留めずBISに働きかけて国際統一基準にしてしまった.「金融の米国化」である.ただ市場メカニズムだけに任せると,危機に際して,預金保険や公的資金導入など事後的セーフティ・ネット機能の発動の可能性が高まる.

 金融の安定性と効率性の点では,支払い・決済機能はシステミック・リスクが存在するから公的な介入・規制の余地があり,金融仲介機能では規制を緩和し競争を奨励すべき,という議論が有力である.自己責任原則を明確にしながら,その制度と運用について議論が必要となろう.

 

●考えてみよう

1)東京が国際金融資本市場として役割をはたすためには,どのような条件が必要か.またそれは日本経済にどのような影響を与えるだろうか.

2)国際金融仲介において,効率性,安定性,健全性,および社会的公正,金融機関の競争力と収益性は,どのようにして同時達成されるだろうか.

 

●参考文献

BIS年次報告書』各年版,東京銀行調査部訳で『国際金融レポート』日本評論社,94年版から『BIS世界金融レポート』日本経済新聞社

毛利良一『国際債務危機の経済学』東洋経済新報社,1988年.

小野朝男・西村閑也編『国際金融論入門』[第3版]有斐閣,1989年.

谷田・野田・久留間編『現代金融の制度と理論』大月書店,1992年

国際金融情報センター編『世界の金融・資本市場』きんざい,全3巻,1995年.

日本経済新聞社編『デリバティブ 新しい金融の世界』1995年

 

 

 

 

 

 

 

 

表1 外国為替市場の1日あたり取引高       (億ドル,%)

                1989/4     1992/4      1995/4

市   イギリス             1840(26)    2905(27)    4645(30)

場   アメリカ            1152(16)    1669(16)    2444(16)

別    日本                  1108(15)    1202(11)    1613(10)

      3大市場合計         4100(58)    5776(54)    8702(55) 

      世界合計           7079(100)  10762(100)  15722(100)

     米ドル          90          82         83

     ドイツマルク       27          40         37

     日本円          27          23         24

%    英ポンド                 15          14         10

     合計          200       200        200

出所)BIS統計