ようこそ絵本と児童文学へのいざない秋野勝紀のコラム絵本ガイド

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『のりものいっぱい』

柳原良平・作
こぐま社(2003年1月25日発行)

 秋野勝紀による評論

 表紙は、前からじょうようしゃ、しんかんせん、かもつせん、ヘリコプター、と奥行きを感じさせるように描かれている。 色画用紙をコラージュ(貼りつけ)し、線は細い水性ペンだろうか繊細である。 水色の画用紙の上にタイトルとじょうようしゃがピンク色だが、他の乗り物の色も含めて上品な色使いである。 乗り物に目が描かれていて、走る方向にそってめくりたくなる。
めくって見ると、最初は「じどうしゃ」ということばに、赤に水色の乗用車を描いているページから始まる。 次いでタクシー、バス、パトカー、きゅうきゅしゃ、しょうぼうしゃ、トラック、ごみしゅうしゅしゃと続く。
 次にでんしゃ、しんかんせんなど電車分野で、きゃくせん、タグボートなど船分野となり、 「のりものいっぱい のりたいなー」のページで、それまでの乗り物すべてを描いて、 最後は「いってきまーす」と新幹線に乗った子どもが手を振って終わる。
 子どもは乗り物を好むので、その絵本の出版点数は、相当な数に上るに違いない。作家名がないものも多いが、 日本では山本忠敬の絵によるものがよく知られている。氏の作品は、 ざっと『ずかん・じどうしゃ』『とらっく とらっく』『のろまのローラー』『しょうぼうじどうしゃじゅぷた』 (すべて福音館書店発行)などが上がる。外国の作品も多いが、多くはのりものを擬人化した物語である。
 この絵本は対象年齢を乳児にもおいた、いわば乗り物図鑑的内容と構成をしている。 自動車、電車といった、乗り物分野ごとに展開していることから理解できる。 図鑑的となるととかく無機的になりがちだが、物語にすることを抑制しながら親しみやすさがあふれている作品になっている。
 乗り物への親しみの表現は、作者が無類の船好きということもあろうが、受け手へ配慮として力を注いでいることが伝わってくる。 それは、乗り物に目をつけていること。じどうしゃなどはライトが目になっているが、ふねやヘリコプターにも目をほどこしている。 また、冒頭のじどうしゃと終了間際のページにそれまでの乗り物をすべて登場させ「のりものいっぱい のりたいなー」とし、 最後のしんかんせんと裏表紙のきゃくせんにも微笑みや笑顔の子どもを描いている。
 さらに親しみやすさを創り出しているのは、なんといっても絵でる。色彩が上品で完成度が高い。 とかく子ども受けねらい、あるいは店頭での商品としてのアピール力を考えての刺激的色彩の絵本が多いなかにあって、 この絵本の色彩感覚は温かく繊細でもあり、幼い子どもになじませたいものである。
 絵はコラージュのため、詳細な部分を省略している。 そのデフォルメがその乗り物を輪郭あるいは中核になるものをしっかり伝えようとしている。 左から開いていくが、乗り物はページを開く右側を向いていて、進む動きも感じることが出来る。 コラージュに線で窓などを描いているが、これがとても繊細で温かさを感じるものになっている。 とかく乗り物ゆえに無機的になりがちなのをコラージュ表現であることでやわらかくし、親しみを感じさせている。 赤ちゃん絵本として、子どもが乗り物に関心が向く時期にふさわしいものである。 作者が子どもへの思いとのりものへの愛着があればこそ出来る作品であろう。
 図鑑的絵本の場合、ベースに乳児をも対象としていてもしっかりした説明が必要である。 この絵本は、乗り物を自動車、船といったようにカテゴリー(分野)に分けている。 それを子どもが覚える訳ではないが、ベースには押さえておく必要がある。
 ところで幼い子どもの認識力と興味を盛り込んだこの種の作品を制作する際の、提案を試みることにする。 子どもの暮らしで遭遇する乗り物とのかかわりをモチーフにするというのはどうだろう。 たとえば親の乗る車やバイクあるいは子のもの乗車体験、さらに街で見かける乗り物から解きほぐしていく、というようにである。 その際子どもは、音と結びついて乗り物に関心を持つので、それも挿入したいものである。 若干物語性を盛り込むことになろうが、図鑑としてのカテゴリーと説明をベースにおいてさえいれば、 絵本の性格が崩れさせなくても可能ではないだろうか。子どもの暮らしと関心のある乗り物との関連、 そして必要な知識がうまく融合せてかつおもしろさもある、というイメージである。

 作者の柳原良平(71歳)について、ふれておかなければならない。 氏は昭和30(55年)、40(65年)年代にサントリーのCMキャラクター「アンクル・トリス」を創った人である。 洋酒といわれていたウイスキーを、庶民のものにするためにCMの立場から重要な役割を果たしたのである。
 アンクル・トリスのキャラクターとは、直線的な線描きで鼻高で太った人物である。時代背景としては、 映画などを通して伝えられた豊かなアメリカ文化に憧れていた人が多かった。 太っているということは豊かさの象徴であり、外国のウイスキーは庶民では手が届かないので、 酒好き人は廉価なトリスを呑みながら酒だけではなく、文化をも取り込んだ思いになったのであろう。 ついでに付け加えておくとこのキャラクターCMは、3月27日から22年ぶりに復活した。時代が廉価な酒を必要としているのだろう。

 なお柳原良平は、こぐま社から赤ちゃんシリーズとして他に、
『かおかおどんなかお』(88年1月初版)
『ゆめゆめにこにこ』(98年3月初版)
『このにおいなんのにおい』(品切れ)
を出版している。


(2003年4月15日)